真の「大和撫子ブタ」を目指す子ブタの日記。 その日の出来事を絵に描いて載せています。どうぞゆっくりご覧になっていってください。
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「われらたのしくここにねむる。
 離ればなれに生まれ、めぐりあい、短き時を愛に生きしふたり、
 悲しく別れたれどここにまた心となりて、とこしえに寄り添いねむる。」
by西条八十〔墓碑銘〕
この土日に神戸・京都・大阪に行ってきました。

留学生とペアでのツアーだったので、タイの人とまわりました☆
お互い新たな発見がたくさんある旅でなかなか面白かったです。
土曜、日曜と寒かったですけど、みなさん風邪ひいてないですか?


さて、神戸ではルミナリエを見てきました。


とにかく人が多かった。
電球の数が多いか、人が多いかって感じでした。


でも、やっぱり鎮魂歌を聴きながらあの光のゲートをくぐるのはなんだか複雑でした。

電球の数も、観光客の数も多かったけれど、

あの震災で奪われた命は約6500人分。
たった一瞬で6500人。
たくさんのたくさんの命。


10年前のあの朝、私は頭の上に落ちてきた目覚まし時計でコブをつくっただけ。
そんな私が、すっかり観光地化されたこのゲートをくぐっていいんかなあ。
っていう気持ちになりました。


観光客にとってはきれいな光の祭典でも、
遺族にとったら光の一つ一つにもっともっと重い意味があるのだと思う。





そんな光まばゆいゲートを、愛情たっぷりのカップルが仲よさそうに歩いてる。
止まっている時間と動いてる時間のギャップとその残酷さが暗い夜空にピカピカしていました。

2005.12.21 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(4) |

復興のシンボルとしてルミナリエは出来た。
復興…それは人々が幸せな顔をして神戸の街を歩く事。

震災後の悲惨な状況を生で見た私は、この前神戸に行った時、震災後に歩いたところがどこなのかわからなかった。

復興という今と震災という過去。

でも被災した人達の中ではまだ復興は今じゃないのかも。

一人でも多くの人が神戸の街を幸せな顔して歩いていたら、被災した人達も幸せな顔に戻ってくれるような気がします。

そんな簡単な事じゃないけど、幸せな顔にはそういう力があると信じて。

2005.12.21 02:45 URL | ぁぃ #- [ 編集 ]

そうだよね。
そんな力があると信じたい☆

幸せな顔に力が宿っているならば、
お役に立てる人間でありたい。

2005.12.21 21:12 URL | satsuki #- [ 編集 ]

さっちの絵を見ていると癒されマス☆私はさっちの妹で本当に幸せだと感じます。さっちの感性豊かな心に励まされながらやってきました。いろいろな経験を積みながら長生きしようね。

2005.12.23 13:37 URL | なお #- [ 編集 ]

いや~ん、なおちゃんありがとう!

私たち姉妹の姉妹愛はプライスレス。

つまりマスターカードでも買えません。

おばあちゃんになっても、縁側で一緒にお茶すするんだもんね!

2005.12.23 19:24 URL | さつき #- [ 編集 ]












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